3-046 弦月―ゆみづるつき―

3-046 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:15:04.22 ID:EXfDm/Jc

戦況を見据えていた信長の目に、手前の丘の陰からの影が飛び込んできた。

「なんだ……?」

そばにいた柴田が腰を浮かせた。
敵か味方かわからぬ兵が、一騎駆けで瞬く間に戦場の只中に突っ込んでゆく。

「……あれは」

総攻撃をかけている織田勢の横を単騎、まっしぐらに駆けてゆく。
敵味方入り乱れて闘う徒歩の者たちが、恐れをなしたか一斉に道を空けてゆく。
織田勢を追い越し敵勢に突入した朱色の駒が、黒い波を二つにかち割ってゆくようだ。

「お屋形様っ、あれは……あれは又左にございます!」
「なにっ、犬か!」

敵方の中心を突き抜けた騎馬は、その士官の前に踊り出た。
瞬く間の出来事である。

「又左の槍が!」

六尺にもなる前田又左衛門利家愛用の長槍が、馬上で弧を描くのが見えた。
次の瞬間には、相対した同じく馬上から黒い塊が転げ落ちた。





又左衛門はこの戦からおよそ一年前、主信長の寵愛を受けていた同朋衆の十阿弥を、口論の末あろうことか主君の眼前で斬殺してしまった。
当然信長の怒りに触れ、勘当、放逐されてしまったのだ。

主をもてぬ、仕える者がいないという経験は、のちのちの前田利家に良い影響を与えることになったのだが。
ことの発端は、ゆくゆくは一国の主になる者らしからぬ――些細な事である。
十阿弥とのいさかいの発端は、妻のまつの贈った『笄(こうがい)』にあった。


まつの贈った笄は、派手な拵えの太刀に合う、凝った作りものだった。
喜んで又左は愛刀に挿し、日ごろから大切にしていた。
その笄を、十阿弥が盗んだのである。
根が実直な又左は、相手によって裏表の変わり身激しい十阿弥と、普段からそりが合わなかった。
そんな男を、主の信長が重用することが解せなかった上、その寵愛を傘に着て振る舞う十阿弥が、どうしても鼻もちならなかったのだ。

それに、十阿弥は以前から、又左が幼な妻を娶ったことを影で嘲弄していたのだ。
それを又左は、知っていた。
知っていて、今まで堪えてきたのである。
だが、今度のことは、堪え切れなかった。
まつが又左の無事を、との想いをこめて贈ってくれた品である。

3-047 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:17:06.74 ID:EXfDm/Jc

又左に恐ろしい勢いで詰め寄られ、十阿弥は笄をすぐに返した。
又左も素直に謝る十阿弥を、その場で赦すことにした。
しかし、そのほとぼりも冷めぬうち、今度は聞えよがしに又左を嘲笑し始めたのだ。

それは日を追うごとにあからさまになっていった。
ある日、とうとう又左の中でおさえにおさえていたものが、爆発した。
自分を指差し笑う十阿弥を見つけるや、又左は太刀を抜き――当てつけるように、信長の目の前で十阿弥を斬り殺した。

信長は柴田勝家らの説得で、手討ちにすることを思いとどまるも、その場で又左を勘当。
主家を放逐された又左は、浪人の身となった。

その頃、信長を擁しての織田家は、一枚岩ではなかった。
ゆえに信長は、家中の結束に腐心し、ことに家臣同士の争いごとには厳罰をもってのぞんだ。

そんな折に、主の目の前でその寵臣を斬殺したのである。
『放逐』するにとどめた信長は、又左を殺すには惜しいと思っていたにちがいない。
それをわからない又左ではなかった。
だから、どこにも仕官せず、ひたすら主の元へ戻る機をじっと待つことにしたのだ。

――戦に単独で加わり、手柄をあげて帰参を願う。
それが再仕への道だと、又左は考えた。
しかし、手柄を挙げて帰参が叶えばよいが、戦死してもなんの保障もなかった。



今川との戦いにも、浪人中の又左は単騎で参戦した。
織田方の砦が次々と陥ち、形勢は絶対的に不利であった。
その今川の大軍が、行軍の途上で隊を止めたという急報をつかんだ又左は、すぐに動いた。
織田勢集結先の熱田に向かう又左は謹慎中の身、もちろん主信長には無断である。

今川勢はその頃、田楽狭間で隊を休めていた。
黒雲が湧き起こり雷雲を呼ぶ頃、信長はその機をついてたった六騎を従え出陣。
まず、戦勝祈願と隊形を整えるため熱田の宮に立ち寄った。

熱田に着くと、すでに驟雨が鎮守の木々の葉を叩き始めていた。
その境内、続々と集結する兵の中に又左の姿があった。
又左はそこで信長隊に合流していたのだ。
だが信長は、隊列の中の又左の姿に気づいたものの、それを黙殺。
その後も完全に無視を通した。

気づいてくれただけでも良しなのだが、やはり又左は面白くない。
その悔しさを発散するかのように、戦場で大いに暴れた。
敵陣に一騎駆けで突入し、侍の意地をかけて、捨て身で長槍を振るったのだ。

だが、侍大将を含む兜首を三つも挙げる“大手柄”にもかかわらず、この時も帰参は叶わなかった。

3-048 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:19:36.61 ID:EXfDm/Jc


***



織田勢の大勝した『桶狭間の戦』を終えた後。
悔しさに眠れぬ夜を過ごし、明くる朝から酒を浴びるように飲んで過ごした。
戦功をあげても勘気を解かぬ信長に、又左は焦り、怒った。

なぜ、許してもらえぬ。おれはもう用済みなのか――。
やり場のない怒りを抱えたまま、気づけば荒子へと足を向けていた。

この時、まつは荒子の城に預けられていた。

主家を放逐され浪人となった時、又左とまつとの間には、娘が生まれたばかりだった。
妻と子を養っていかなければならぬという矢先、浪人となったことで、又左はまつにはすまないと思っていた。
それに、まつは十三である。
まだまだ子どもであるといえる年齢で出産という大仕事を終えたばかりだったまつに、負担を強いてきたという思いがある。

なんとしても、織田家への再仕を叶えなければならなかった。



勘当された時、事の顛末をしらされたまつは、ほとんど動揺することなかった。
一本気の又左の気性は、わかりすぎるほどわかっている。
まつが前田家へ引取られた、四歳の時からの付き合いである。
又左の向かう所へは、共にどこまでもついてゆくつもりだ。
不安があるとしたら、一つだけだった。

「荒子に戻れ」――そう言われて初めて、まつはほろりと涙をこぼした。
高畠家ではなく、荒子城前田家へ戻れ、と言われたからである。
高畠はまつの実母が再嫁した家で、まつの今の「実家」である。
高畠家に戻れといわれるのは、『離縁』を意味した。
そこへ「戻れ」と言われず、荒子に戻れと言われたのだ。

又左は放逐されてもなお、ふたたび織田家、信長へ仕えることを願っている。
だから妻子と離れ、あくまで独りで『謹慎』をするつもりでいた。
生まれたばかりの長女幸(こう)と、母になったまつを思ってのことでもあった。

帰参はかならず叶う――まつはそう疑いもなく信じている。
けれど、そのために離縁をされるかもしれない――そう考え、まつは不安になったのだ。

「かならず迎えにきてくださいね」

又左さまの妻でいられる――不謹慎だが、まつは心底安堵して、涙を見せたのだった。



あれから、夫と離れて暮らす生活は、一年近く経とうとしていた。
時折、夫の又左は顔を見せにやってきたが、あいさつ程度の会話をするだけで仮住まいの茅屋へ帰ってゆく。
謹慎中の身として、妻や子と長い時間共に居ることを、控えているらしかった。
妻として、夫の置かれた身の上を思えば、当然であるのだが。
まつは幸を抱いて、徒歩で茅屋のある鳴海の地へ帰っていく又左を、いつも笑顔で見送った。
けれど、後姿が遠くなるにつれて、いつもさびしさが込み上げてくるのだ。

3-049 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:21:51.07 ID:EXfDm/Jc

ここは元々、実家のような所ではある。
荒子の館の一番端とはいえ、日当たりのよい一室を与えられている。
養母を始め皆、まつたち母子に優しく接してくれていた。
幸も、皆に見守られながらここで産んだのだ。
とはいうものの今の夫の状況では、まつたち母子とっての荒子の暮らしも、やはり肩身の狭いものだった。
それに、夫と離れてひとりで過ごす夜は、ことさらさびしく不安なものだった。

幸は、まつの横でぐっすりと眠っている。
生まれてもうすぐ一年になる近頃は、支えなしで立ち上がるようになった。
可愛いさかりである。
わが子といると心が安らぎ、自分がしっかりしなければ、と励まされもする。
子の世話に追われる毎日は忙しく、気も紛れるが、時折どうしようもなく不安に苛まれることもあった。

又左が傍にいないさみしさを埋めるには、どれも足りない。
夫婦親子が一緒に暮らせることが、今のまつにとって一番の願いだった。


今夜も、月が冴え冴えとした清夜ではあるが、ひとり寝間でぼんやりそれを眺めている。
開け放った裏庭は、月灯りに皓々と照らされていた。
夫は今頃、どうしているだろうか。
どこかで、同じ月を眺めているのかと思うと、哀しくなった。
それに、だれかと共寝をしているのではないかと思うと、急に不安が込み上げてくる。
身を焦がれるような想いに襲われて、胸がきゅうきゅうと締め付けられる。

かたわらで眠る幸の頭を撫でながら、まつは泣きそうになる自分を励ました。

「お父上だって、頑張っているのに。だめね、泣いてちゃ」

涙がこぼれそうになって、慌てて月を見上げた。

「あ……!」

目の前の裏庭には人影がひとつ、ふらりと立っていた。
その月を背にして立つ影は、大きくて、見慣れたものだ。
近づいてきて、まつに低く呼びかけてきた。

「月を見ているのか」
「……!」

又左がすばやく草履を脱ぎ、低い姿勢で部屋の中に大きな身を滑り込ませてきた。
そのままの勢いで、まつに腕を伸ばす。
荒っぽい仕草だったが、慣れた所作でそっとまつの体を覆って、優しく抱き寄せた。

「冷えているじゃないか。開け放しておくのは、体に障るぞ」
「又左さま」

又左はすぐさま、後ろ手に戸を閉めた。

「すごい…おささの匂いが。今宵はどうされ……」
「なあに、長八郎と、酔い覚ましに来たのだ」

3-050 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:24:14.65 ID:EXfDm/Jc

かなり酔っているらしく、ひどい酒の匂いをさせた又左は、悪戯っぽくにやりと笑った。
村井長八郎は、又左衛門にとっての最初の家来であり、浪人の身になってからもずっと又左に仕え続けている。
まつとの文のやり取り、近況の報告など、長八郎が繋いでいてくれていた。

「それに……幸はどうかと思ってなぁ」

又左はすぐそばに寝かされた幸の頬をちょん、とつついてから軽く頭を撫でた。

まつは又左の様子が普段と違うことに、すぐに気がついた。
又左らしからぬ深酔いの訳も、まつはわかっている。
が、素知らぬふりで、普段通りに又左に聞く。
まつは、どんな形であれ、又左の来訪が嬉しいのだ。

「長八郎は?」
「今頃、この城の、惚れたおなごの懐にいるだろうよ」
「まあ……」

まるで主従ともどもの夜這いである。
今夜は荒子城主の父利昌が留守と知っているのだろう。
親の目を盗んでやって来たのかと思うと、まつは可笑しくてくすくすと笑った。

「息災そうで何よりだな」
「おまえさまも」
「どうだ、少しは肥えたか?」
「それはもう。手の空いた時はいつもお針をしていて……あ、そうだわ」

まつは部屋の隅を指した。

「おまえさまの羽織をこさえているのですが」
「それは……ありがたし」
「その後には長八郎のも……私の手でも、今から拵え始めれば間にあうかと思って」

今年こそは、寒くなる前には茅屋を出て、親子三人で清州の長屋暮らしに戻りたい。
その願いを込めて、館の仕事や幸の世話のあいだに、ひと針ひと針縫っているものだった。

「まぁ、主従ともども凍えずにすみそうなのは確かだな」
「すみませぬ。手が遅くて……」

まつが申し訳なさそうに言うと、又左は急に真面目くさった顔になった。
じっとまつを見つめたのち、低い声で言った。

「…………まだ、だめらしい」
「そうですか」

大手柄をたてたにもかかわらず帰参が叶わなかったことは、すでに長八郎から知らされていた。

「それで、おささを召されているのですね」
「…………憂さ晴らしだ。だが朝から飲んでも気が晴れぬ」

酒臭い息を吐きながら、又左は憮然として言った。

「憂さ晴らしですか……でも、度を過ぎてはいけません」
「…………おれに指図する気か」

3-051 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:26:55.31 ID:EXfDm/Jc

又左は声を荒げた。
ひどく酔っている所為で、先ほどから幾度か体が揺れている。

「そのようなこと」
「ふん。ここへ来る途中も、通りすがりに難癖つけてきた連中をぶちのめしてやったわ」
「まあ! ふてくされていてはいけません」
「ふてくされているだと? 生意気な口をきくな!」

又左は拳を床に思い切り叩きつけた。
ドン! と床が音をたて重く振動する。
寝ていた幸が、目を覚ましてしまった。
だが、おびえているふうではない。
さいわい、寝ぼけているのか、静かにしている。

まつは顔をしかめ、黙って朱の差した又左の顔をまじまじと見た。

「おまえも皆と同じだ」
「どうしてそのようなことをいうのですか」
「おれがだめな奴だと……終わりだと思っているのだろう」
「そんなことを気にして。おまえさまらしくも……」
「そんなこととはなんだ。気に食わぬ!」

又左の眼は充血し、暗がりで姿を見たなら、一瞬身をすくませるほどの形相である。
だがまつは少しも臆せず、穏やかな口調で又左を励ました。

「おまえさま。今すこし堪えてください。かならず……かならずご帰参叶うはずです」
「……うるさいっ」
「いちいち短気を起こしては……勘当された時と同じではありませぬか?」
「なに!」
「おまえさまは、もう独り身ではないのです。長八郎も幸も……」

怒りでますます顔を染めた又左は、立ち上がった。

「帰る!!」
「待ってください」
「おまえ……殴られたいのか」
「好きなようになされませ!」

まつが睨むように見上げると、又左はぐっと拳を握りしめた。
荒れた又左をこのまま帰したら、何をしでかすかわからない。
それほど、今夜の又左は荒んだ目をしていた。

殴られてもかまわない――。
まつは又左の袴に取りすがった。

「帰らないで……もう少し一緒にっ」

自分でも驚くほど強い力で、まつは夫の腕を掴んで引いていた。
すると夫の大きな体がふらりと揺らぎ、意外に容易く床に腰を落とした。
やはり相当に酔っているのだ。
まつは、すぐさま又左に向き合うと抱きついてもう一度、帰らないで、と懇願した。
また『ひとり』になるのが、怖かった。

3-052 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:29:12.50 ID:EXfDm/Jc

「帰るのなら、一目見ていって」

そういうと、まつは立ち上がった。
又左を引き留めようと必死なのだ。
胸のふくらみの下で留められた、帯の結び目に手をやる。

「私で、憂さを晴らせるなら」
「こざかしいことを…………するな」

絞るような夫の声が、すでに情欲の色を帯びている。
おそらく、女色も絶っているであろう夫は、いつまでそれがもつのだろう。
日ごろ抱いていた不安が、次々と頭を擡げてくる。

「ずっと、おなごを抱いてはいないのでしょう?」

いつか、他のおんなを抱くのではないか。
それがために、深みに嵌って惑うことにはならないか。
そして、大人になりきらぬ自分を捨ててしまうのではないか。

「可愛がってください。朝まででもかまいませぬ」
「たわけたことをいうな」
「荒子の家には、あとで私がちゃんと言っておきますゆえ」
「座れ、まつ」

――孤独に打ちのめされたあなたを慰められるのは、私だけなの。

「夫婦ですもの。睦むくらいのこと、他の者にとやかく言わせませぬ」

言い放って、まつは帯を解いた。
続いて寝間着を肩から滑り落とす。
衣が板間に落ちる音が、やけに大きく閨に響いた。

戸の隙間から洩れた月の光が、まつの裸身を照らし出す。
子を産んだとは思えぬ、少女らしいほっそり伸びた脚や腕。
神々しささえ漂わせたその少女の股間に、ごく薄い繁りが見える。
母となった証の豊かな乳房だけが、小柄な体には少々不釣り合いだった。
しかし、幼い体にそれらが相まって、妙な淫靡さを漂わせてもいる。

又左が最後に見たまつの裸身から、今は何もかもが変化していた。
出産を経験したからだけではない。
幼かった体が、ようやく大人に近づきつつあるのだ。

ごくり、と又左の喉の鳴る音が閨に響いた。
まつから目をそらすことができず、ただ淡い月の光に晒された裸体に釘付けとなった。

身重の頃もしげくまつを抱いていた又左は、浪人となってから此の方、妻の裸身さえも目にしてこなかった。
それが突然目の前に現れ、己にこの身を抱いていけ、と言っている。
頭が真っ白になり、片時も離れなかった身上の諸々が一瞬で吹っ飛んだ。
代わりに激しい情欲が又左を支配した。

又左の視線に晒され居たたまれなくなったまつが、胸を両腕で覆ったのと、又左がまつに飛びついたのが同時だった。
勢いでふらついたまつの体は、又左に抱きかかえられ、あっというまに夜具の上に押し倒される。
勢いはすごいが力加減はできていて、まつはどこにも痛みを感じなかった。

3-053 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:31:50.40 ID:EXfDm/Jc

「まっ、待ってくださ……やぁあっ」

自ら抱いて欲しいと言ったものの、あまりの勢いに気圧され、夫の身体の下でもがき呻く。
自分で身を呈しておきながら、怖くなった。
女体を欲する牡と化した夫に、急に不安と恐れを抱いてしまったのだ。
幸も、母の慄きを察してか、ぐずぐずとむずかり始めている。

「何言ってるっ、おまえが……」
「もう少し……あっ………ゆ、ゆるやか……に!」
「できぬ!」

まつに馬乗りになった又左は、もがく体を弄りながら次々と己の着物を脱いでゆく。
両の乳房にかわるがわる吸いついて、舌を使って尖端を嬲る。

「いや……んっ……ぁああっ」

一年ものあいだ孤閨を守ってきた体は、驚くほど敏感だった。
抵抗しつつも与えられる刺激に、まだ幼さの残る体は幾度も跳ね上がった。

子を孕んだ頃から少しずつ変化した乳房は、小ぶりながらも充分な質感を持ち、掌に吸いついてきた。
形良いふくらみは柔らかく捏ねやすく変化し、ごく小さな蕾だった乳首は、ころころと木の実のように愛らしい。
口に含みやすくなったそれを舌で転がすと、すぐ主張しはじめて、芽吹くように起ちあがった。
又左はそれを口で存分に弄り、堪能する。
さらに赤く色づいた木の実を指先で摘まみながら、酒に朱らんだ顔をまつに向けた。

「欲しいのだろう、おまえも」

向けられた瞳には、以前身重のまつに向けた気遣いの色など、微塵もない。
飢えきったけもののように猛り、まつの身をすくませた。
まつはかぶりをいやいやと振った。
それをにやりと笑いすごし、又左はまつの両ひざを広げ、間に体を割り込ませる。

「待って……」
「いうとおり可愛がってやる」

又左は唾液を溜めた指先を、まつの女陰にもぐらせた。

「いっ……」

痛みに体を震わせるまつにはかまわず、又左はそれを繰り返した。

「待って、又左さま……幸に、幸におちちを……」
「なにっ」
「私が眠る前に、いつも……」

とうとうぐずり出した幸の声に気付いた又左が、我に返ったように動きを止めた。

「おねがい……おちちをやるまで、待って? お腹が一杯になれば幸は眠りますから……」

3-054 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:34:11.30 ID:EXfDm/Jc

先ほどの羞恥にふるえながらも必死に懇願した様子とは違い、必死さは変わらぬが、いくぶん落ち着いた『母』の表情になっている。
おんなの顔から母の顔への変貌を見て取った又左の顔が、不機嫌そうにゆがんだ。

「…………だめだ」
「え?」
「おまえから誘っておいて、『待て』とはなんだ」
「ですから、少しのあいだお待ちにな……」
「聞けぬ」
「おまえさま……あっ」

又左がまつの両の膝裏を掴んで、体を開いた。

「待って……いやっ」
「待てぬ」

不穏なやりとりにつられるかのように、幸の泣き声が大きくなる。
突如、又左の動きがぴたりと止まった。

「おい――誰かいるのだろう、そこに」

又左が突然、部屋の仕切り戸の外に声をかけた。
声高に言い合う又左とまつに気づいた家中の者が、部屋のすぐ傍にやってきているらしい。

「誰ぞ……幸を、赤子を連れて行け」

すると戸の向こうから、小さな声で応えがあった。
母付きの侍女らしい。
又左に腿を抱えられたままのまつは、息を飲んだ。
みるみる顔をこわばらせ、又左を咎めるようににらみつける。
羞恥で総身は赤く染まり、眼には涙が滲んでいる。
又左は、傍にあったまつの寝間着をとり、折敷いた裸身をそれで覆った。

「乳をやってくれ。館の中に誰かやれる者がいるだろう」
「おまえさま、なにを言って……」
「はようせぬか!」

侍女が、平身低頭の態で閨に入ってきた。
閨のふたりにくるりと背を向け、幸を抱き上げる。
幸はいよいよ大きな声で泣き始めた。

「幸!」
「はよういたせ」
「ただいま」

幸を抱えた侍女は、面を伏せたまますばやく部屋から退いていった。
去り際侍女が「大丈夫ですよ」とささやいた言葉は、幸にではなくまつに向けてのようだった。

「こう、幸!」

混乱したまつは、かぶりを激しく振りたてた。

3-055 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:37:24.08 ID:EXfDm/Jc


「ひどい……幸の、親なのにっ」
「おまえはおれの女房でもあるんだ」

まつが又左をきっとにらみつける。

「閨に子が居ては、気が散る」
「なっ……ま、又左さまなんか……っ」

又左をにらむ眦から、大粒の涙がこめかみを伝い耳の方へとこぼれ落ちていく。

「嫌い……きらい、大嫌い……!」

まつは腕や胸など届くところを、小さな拳を振りまわし思い切り叩く。
それを又左は膝へ抱き上げて、腕の中へ封じ込めた。
それでもなお、まつは向き合った壁のような又左の胸を、ばたばたと拳で打つ。

想いを募らせた夫との逢瀬。
産後、幸との生活にも慣れた頃から、独り寝の夜中に思い出しことも幾たびもある。
又左の腕の力、肌の匂い、ささやく声……刻みこまれた感覚が目覚めかけるのを、かろうじて押し止め、幸の寝顔に詫びたこともある。
今も、じっとしていても己の底から湧きあがる肉の欲に、慄いている。
――幸は、あさましい母を赦してくれるだろうか。
遠くなった幸の泣き声に、耳を澄ませる。
とたんに胸のふくらみがきゅ、ときつくなった。
きつく閉じたまぶたに、幸の顔が浮かぶと、乳房が痛みを伴って弾けそうなほどに張ってきた。

「あっ」

突如、まつが又左の胸を力いっぱい押しやった。
先ほどの勢いとは別の、切羽詰まったまつの振る舞いに又左が怪訝な目を向ける。

「あ……だめよ」

まるで自分に言い聞かせるようにつぶやき、両腕を胸の前にもってゆく。
胸を隠そうとする両の細い手首を、又左は掴んで止めた。
目の前の白い乳房は、血の管を幾筋も青く浮き上がらせて張り詰め、つんと勃った乳首が見る間にきゅっと上を向く。
まるで咥えろといわんばかりにいきり勃つ尖りに、又左が口を寄せる。
なにやら必死で抗うのは、先ほどと違う訳があるとすぐにわかった。
ぷくりと起ちあがったそれから、次の瞬間、白いものが迸った。

鼻の辺りにそれを浴びながらも、又左は目の前で乳を噴き上げる乳房を、ためらいなく大きく頬ばる。

「だめえっ」と声をあげ、まつは縛めから抜き出した片手で、又左の肩を押しやろうとする。
ごくり、と又左の喉仏が上下した。
乳房を頬ばったままの口中に放たれた乳を、飲み下したのだ。

3-056 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:41:13.05 ID:EXfDm/Jc

もう片方のいきり勃った乳首からも、微かな噴出の音をさせながら、白い乳が噴き出している。
それにもすぐさま又左の手が伸び、下から支えるようにして包み込んだ。

又左の指、手の甲は見る間に白い液体で濡れていった。
又左は濡れるに任せて、人差し指と中指の股に乳首を挟み、掌全体で揉み始める。
閨には、むせかえるような母乳の甘たるく生臭い匂いが満ち、乳を吸い嚥下する音が奇妙に響く。

すぐに乳の出の勢いはなくなり、又左の掌の動くにつれて、乳汁が滲むだけとなった。
滲みだした白い雫は滑らかな腹を伝い、まつの股間へと落ちてゆく。
片方を吸いつくした又左は、もう片方の乳房もひとしずくも残さぬ勢いで吸い上げた。

まつは観念したように抵抗をやめていた。
又左はなおも、乳にまみれたままの掌で柔らかくなった乳房を揉みしだき、音をたてながら乳首を舐っている。
おさまりかけたまつの荒い息は、又左が愛撫に没頭するにつれ、堪えるような呻きに変化した。
暴れて火照った熱は、徐々にある一点に集まってきている。
乳房や乳首を弄られる刺激が、そこをじんじんと熱くしてゆく。

又左が、乳汁にまみれた指を、切なげに喘ぐ唇に押し込んだ。

「舐れ」

押し入れた指を舌の上にのせられる。
甘く苦みのある味と、特有の甘さと生臭さの入り混じった匂いが、口腔に広がった。

「甘いのだな、乳というものは」
「んーん!」

まつは激しくかぶりを振って、又左の指を咬み――舐り始めた。
目を細めてその様子を眺める間も、又左は小さな身体を弄りまわす手を止めない。
眉根を寄せ涙の粒を目尻に溜めた少女の顔は、次第に蕩けていった。
小さな舌を伸ばし、水音をさせながら、一心に骨ばった長い指を舐めまわした。

「くぅ……んっ」

次第に悩ましげな声がまつの口から漏れ出してくる。

「下の口にもやろう」

乳にまみれた厳つい手がまつの陰所伸び、陰唇の内に忍び込んだ。
花弁やしこった芽に乳汁を塗り込むように指を動かすと、又左の膝の上の小さな身体は跳ね上がった。
悲鳴のように高い声をあげて、喉を逸らす。
そのまま、又左はまつの体を再び夜具に横たえた。

「よい顔だ」
「…………又左さま、きらい」

又左が見つめると、まつは涙にぬれた顔をぷい、と逸らした。
幼子のような仕草のそれにかまわず、又左は抱えた脚を再び大きく開く。
すぐさま昂りそり返った怒張を、まつの秘唇に押し付けた。

3-057 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:47:28.24 ID:EXfDm/Jc


「っ………」

顔を逸らせたまま、まつは目をぎゅっとつむり、体をこわばらせた。
幼さの残る体は、しかし、拒絶の態に似合わぬ反応を示した。

「嫌……んっ、く……ん…………」

まつの口の端から、拒絶とはあきらかに違う艶のある声が漏れる。
女肉の扉に押し付けられた剛直は、ぬるぬると滑って秘裂を上下になぞる。
薄い繁みは又左の唾液にまみれて濡れそぼり、ぬめった肉棒が跳ね上がると、先走りの露と混じって、しぼんだ繁みの先から糸を引いた。
さらに声をあげそうになり、あわててまつは唇を噛みしめた。

「閨では母の顔をするな」

又左は両脚を脇へ抱え、空いた手をまつの股間にやった。
指をそっとあて、先ほどとは変わって優しく秘裂をたどる。

「っぁん、あ……」
「おまえとて、待てぬのではないか」

ぬるぬると潤滑の汁が指先を濡らした。
先走りと混じった露の糸は、滲みだした陰蜜のせいでもあるのがわかる。
いや、と抗いながらもまつが背を浮かせはじめたのを見て、又左は満足そうに頬を緩めた。
一年ぶりに触れるそこは、子を産む前となんら変らぬ。
変わぬというより、幼さを残しつつも大人への途上にあるのがわかる。
ふっくらと肉厚になり、充分に剛直を受けとめる柔らかさをそなえていた。

又左は二指で秘唇を左右に開いた。
子を産む前よりもさらに桃色は濃く、あざやかさを増し、すっかり陰蜜で潤っている。
艶々と蜜にまみれて淫らに蠢く。
秘口の上にある、肉の粒にも指先で触れると、まつの息をのむ音が聞こえた。

「欲しいのだろう……まつ?」

笑い声を含んだ又左の言葉に、肉が震え秘口がきゅ、とつぼむ。
ひくひくと蠢いた後、透明な蜜をあふれさせた。
背を伸ばし、まつの耳に顔を寄せ、酒の匂いをさせながらささやく。

「我慢が利かぬ。おれも……おまえもだ」

そういうと、又左はまつに押し入った。

「あ! はああ――――――」

まつの身体が跳ね上がる。
又左の腕を強く掴んだ細い指先が、白くなってゆく。

「来い」

又左がまつの体を腕の中に抱え込み、強引に唇を吸う。

3-058 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:49:50.80 ID:EXfDm/Jc


「う――! ん……ふ……くぅ………」

より深く貫かれたまつは、苦しげに悶えた。
唾液が口の端からこぼれ出すほど激しく口内を貪られる。
そのあいだ又左は動かず、久しぶりのきつい女肉の感触を堪能した。
動かずとも、よかった。
乱暴にされたにもかかわらず、まつは、又左を歓待するかのように迎えたのだ。

泣きながら拒絶する少女の表情からはおしはかることは難しい、結ばれた肉の蠢き。
成長と共にはやくから夫婦の交わりをおぼえたまつのそこは、久しぶりの夫をきゅうきゅと締めて震えた。
数え切れぬほど交わり、まつの体のことをしりつくしているからわかる、肉の感触だった。

それを示すように、拒絶と又左への恨みごとをつぶやきながらも、女肉はすでに淫らな蠕動を始めている。
又左の肌に吸いつくように重なったままの内股は、じっとりと汗ばみ、繋がったところはすっかり陰水で濡らされていた。

妖しい蠢きに耐えかねて、又左は低く呻きながら、腰を揺らし始めた。
以前なら、一切の動きを絶ち、まつから動き出すのを辛抱強く待ったりもしたが。
飢え渇ききった体では、無理なことだった。
まもなく又左は、まつのくびれの少ない腰に腰を幾度も押しつけながら、長く堪えてきたものを吐きだした。



一度目を終えるとようやく酔いが醒めたらしく、又左は慌てて飛び起きた。
素っ裸のまま床に額を擦りつけ、「すまぬ!」と叫んだ。
声も出ぬほどぐったりとしていたまつは、驚きつつも、それを見てくすりと笑いを漏らした。
先ほどとはあまりに違う又左の姿に、まつは怒るよりも可笑しくて笑ってしまったのである。

しばらくは、しきりと弁解じみた事を言いたて、手荒にしたことを反省しているようだったが。
またもや突如、動けずにいるまつに覆いかぶさり、声も出す間も与えぬまま、まつの唇を唇で塞いだ。

ばつが悪いこともあったが、なにより男の反応に逆らえなかった。
だが、今度は激しい欲をうまく制して、柔らかなまつの唇をゆっくり味わう余裕がある。
まつのほうは驚いて抗うも、先ほどと打って変わって慈しむような愛撫を施され、次第に翻弄されてゆく。
まつは身体の力を抜いて、目を閉じ、又左に身を委ねた。

ふたりは、長い空白を埋めるように、空が白むまで夜具の上でもつれ合った。

3-059 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:52:37.78 ID:EXfDm/Jc





夜を徹するほどの情交で、まつは少し蒼白い顔をしていた。
体が重くあちこちに痛みがあり、股間には違和感を感じるほどだ。
つい先刻まで、又左と睦んでいたことに思い至り、まつは顔を赤らめた。

酔いも手伝って夫の欲求は果て無く――まつとて、待ち焦がれていたときだったのだが。
そのあかしに、母としての気持ちの枷がとれた後は、又左の欲求に応えるだけでなく、自らそれに溺れていった――。
昨夜の自分の破廉恥な振る舞いがよみがえり、羞恥で身悶えしそうになった。
腕の中の幸をぎゅっときつく抱きしめていまい、幸が身を捩って怒っている。


きゃあきゃあとなにやら楽しげにさわぐ妻と子を、又左は目を細め眺めていた。
眺めながら、あたたかな想いが胸に満ちていくのを、又左は漠然と感じていた。
漠然とではあるが、今はそれがなにかを又左は解している。

「また来よう」

又左は庭に降り、濡縁に幸を抱いて座すまつを振りかえった。
又左にも疲労の色はあるものの、晴れやかな顔だ。
その相貌には、昨夜ここを訪れた頃の憂いの色は微塵もない。

思えば、身を呈するようにまつが強くたしなめてくれたおかげで、又左の荒み乱れた心は鎮まったのだ。
まだ、少女だと思っていた幼な妻は、いつのまにか『母』になっていた。

「いろいろとその……すまなかった」
「無体をなさるお父さまは、きらい、と幸が申しております」

まつが幸の手を握り左右に振りながら、拗ねた顔で又左を見上げた。
幸は手を振らされているのが楽しいらしく、生えたばかりの歯をむきだしてにっと笑っている。
又左の顔がみるみる赤くなった。

「わるかった、謝る……幸は赦してくれるかな?」
「……次はやさしくしてくださるなら」
「…………ああ」
「ほんとう?」

幸の頭に顔を半分隠したまつは、小首を傾げている。
湯気のような髪の毛から透けて覗く瞳は、閨で甘える時に似て潤んでいるように見える。
ふと昨夜のまつの痴態が浮かび、又左はあわてて幸へ視線を移した。

「ほんとうだ。嘘はつかん。誓う」

照れ隠しに幸を見つめて、真顔で言う。

「今度はその……なるべく夜分に去らねばな」
「こんなに陽が高くては夜這いになどなりませぬもの」

3-060 :弦月―ゆみづるつき―:2012/01/28(土) 13:56:01.90 ID:EXfDm/Jc


まつはころころと、少女らしく笑った。
又左はばつが悪くなって、鬢のあたりをぼりぼりと掻いた。
幸がそれを見て、にこっと顔をほころばせている。

「おささは、ほどほどに」
「……わかった」
「おなかがすいた時は、すぐに私のところへおいでください」
「食いっぱぐれた時は、そうする」
「…………無茶をしてはいけませんよ」

母のように気遣う声は、最後の方は涙まじりとなった。
言い終えたまつが幼子のようにくすん、と鼻をすすると、又左の掌が頭の上に置かれた。
ゆっくりと慈しむように撫でられる。

胸がきゅんとして、まつは思わず又左の袖を掴んだ。
――ついてゆきたい。
だが、その言葉は胸の内に閉じ込めておかねばなるまい。
今は、夫が孤軍奮闘している時なのだ。
本懐を遂げるまでは、夫と心だけは共にあらねば、と。

「では、行く――幸をたのむぞ」

妻の自分が甘えてどうする――まつはくい、と顔を上げた。

「どうか、お気をつけて」

精一杯の笑顔で、夫を見送る。
幸も、父にあいさつをするように「あうー」と声をあげている。

又左は、城の裏木戸に待つ長八郎めがけて歩き出しかけた。
と、突如踵を返して駆けもどってきた。
長八郎に「あっちを向いておけ」と叫ぶなり、幸をもろとも、まつを両腕でそっと抱いた。

「おまえこそ。無理をするな、身体をいとえ」

すばやく耳にささやき、まつを引き剥がすようにして離れると、また身をひるがえした。

走り出した又左は、もう振り向かなかった。
長八郎に追いつきざま、ばしんと平手で背中を叩き、追い越してゆく。
長八郎がよろけるのを見やり、腹を抱えて笑いだした。
小走りに去ってゆく主従の背中は、なにやら楽しげだ。

「ちゃんとわかっているのかしら?」

まつは小さなため息をつき、幸を見つめた。
きょとんとしていた幸は、「あーあ!」と叫びながら、父たちにひらひらと手を振りはじめた。





おわり